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【夏休み特集】それぞれの正しさの先にあるもの『海がきこえる』【映画紹介】



 

 さて夏休み特集の第二弾は、『海がきこえる』です。夏を押し出した作品ではないのですが、筆者が個人的に夏になると観たくなるということで取り上げてみました。

 

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あらすじ

東京の大学に通う杜崎拓(飛田展男)は高校の頃の同級生、武藤里伽子(高橋洋子)に似た女性を駅で見かける。後日高校の同窓会が行われる地元高知県へと向かう途中に、拓は当時のことを思い出していく。

 

 

ポイント

1993年に初の宮崎駿、高畑勲監督が関わらないスタジオジブリ作品として製作されたのが本作です。この様な製作環境で作品が作られること自体が異例ですが、更に劇場公開用としてではなくテレビ用アニメとして製作されたこともスタジオジブリ作品としては異例です。さて、ではこの作品を観る上で注目したい点を挙げていきたいと思います。

 

「若手制作集団」による作品

本作は前述した通り宮崎、高畑という二大巨頭監督以外が監督した初の作品なんですが、その背景にはジブリの有名な鈴木敏夫プロデューサーが「若い人達に機会と場所を与えよう」と当時『紅の豚』の制作に追われていた宮崎監督に持ちかけたことがあり、実現に至ったようです。そこで白羽の矢が立ったのが本作の監督である望月智充(ともみ)監督率いる「若手制作集団」でした。しかし以前から組まれていたチームではなく本作を作る為に集められた人達だった為に、本人達も急な話に戸惑っていたそうです。(「映像特典 あれから10年 ぼくらの青春」より)

 

宮崎駿を刺激した意欲作

本作品では高知県を舞台に高校生の日常が描かれます。よって主人公は空を飛んだり世界を救ったりしませんし、巨大なテーマがあるわけでもありません。更にはメインキャラクター達はどこか冷めていて思いを相手にぶつけたりしません。これが宮崎監督を刺激して『耳をすませば』を作るきっかけになったと制作陣、及び鈴木プロデューサーは前述の映像特典内で推測されています。それほどまでに「反宮崎的」だったのは何故でしょうか。

 

高校時代で完結しない

例えば作品内である「限定された時間」にスポットを当てた作品ならば、普通はその「限定された時間」で答えが出されるものですが、本作は彼らの高校時代では何も答えは出ません。奇しくも本作の二年前に公開された高畑監督の『おもひでぽろぽろ』も回想を用いて現在で決着をつける(答えを出す)形なのですが、『おもひでぽろぽろ』は主人公の岡島タエ子の人生を辿る物語だったので「限定された時間」という感じとは違います。そして本作は主人公の杜崎拓視点で描かれていますが、俯瞰の視点での映像が多いです。なぜこんな変わった演出をしたのでしょうか。

 

 

解釈

 

「平熱感覚」

当時の望月監督を初めとする「若手制作集団」は「今までにないアニメーション作品を作る」為に、この「平熱感覚」という言葉をキーワードにしてらっしゃったそうです。(美術監督の田中直哉さんの映像特典での発言)

アニメーション作品だと実写よりもキャラクターの演出がつけやすい(操作しやすい)分、感情を分かりやすくする為に極端にしがちな所を敢えて感情を抑えて分かりにくくしたんですね。その結果複雑になり、キャラクターの思っていることが読み取りにくいものになりました。しかし、そのことによってより現実に近くなったとも言えます。

 

俯瞰視点の多用

そのことは視点(ショット)にも表れていて、基本的に視点というのは「目」なので画面に映っているものがイコール主人公が観ている風景だったり、主人公と誰かが話している時は話しているキャラの視点に切り替わったりするものなのですが、本作は俯瞰視点が多く使われています。俯瞰視点というのはつまり話している二人を遠くから撮っていたり、天井から撮った風景だったり「引いた」視点のことです。人との距離を取って映し出される画面は、まさに本作品の性質を表しているようです。

 

拓と松野と里伽子

さて堅苦しい話が続きましたがようやく内容の話に移ります()

主人公の拓は最初尊敬している友人の松野が、突然東京から来た高飛車で他人に対し失礼な態度を取る里伽子に惚れていることを知り嫌悪感を感じます。しかし物語終盤で、実は拓も里伽子に惹かれていたことが分かります。この間に分かりやすい暗示などは無く、「お決まり」的な盛り上がりそうなシーンも淡々と進んで行くので観ている側からすると肩透かしを食らう様な気持ちになり、消化不良のまま最後の方まで進みます。これを良しとするか悪しとするかで本作の評価が分かれそうなところではありますが、少なくとも私は素晴らしい作品だと思いました。

 

「もしかしたら」という余地

例えばAパートでは主人公がヒロインのことが好きなのにそれを伝えられないという内容を描き、Bパートでは逆のヒロインが主人公への思いを描いて、Cパートで二人の思いが伝わってハッピーエンドという形式は凄く分かりやすくてカタルシスも生まれやすいのですが、それだと安易過ぎて単純な物語になってしまいます。しかし本作では松野が里伽子のことを好きだと思っているということ以外はセリフ上で語られません。加えて先程説明した通り引きの視点が多いので、「今ここを観て欲しい」という主張も強くありません。その代わりにキャラクターの表情や動きの機微を繊細に描くことで「もしかしたら」という余地を残してくれます。この「もしかしたら」がグッと来るんですね。なぜならそれは私達が恋愛をする際と同じだからです。言葉にしていることが全てじゃないし、全ての気持ちが報われるわけではないということがアニメ作品で表現できているのが『海がきこえる』という作品だという風に私は思っています。

 

真っ直ぐなキャラクター達の貴さ

ここからはただの感想の様になってしまいますが、本作は一言で言うと本当に美しいです。制作陣でロケハンをしたという高知県の美しい風景を見事に切り取れているという美しさも、もちろん重要なポイントではありますが私が一番惹かれたのはキャラクターです。それぞれのキャラクターが自分の正しさをしっかりと持ち、時にそれは他人を傷付けることになるのだけれど、その裏には相手を思いやる気持ちがあって相手もそのことがわかっているという美しさに感動しました。しかもそれがギリギリ可能で、かつ美しく見える高校生という年頃にスポットを当てたことも素晴らしくて、彼らの貴さに私は打ち震えました。更にその後大学生になって過去を振り返った時に全てが集約されるという物語の構造も素晴らしく、良いことか悪いことかは別にして誰もが経験する様なことをこれ以上なくスマートに仕上げた制作陣の方々には拍手をしたいです。好き嫌いはあるかと思いますが、歳を重ねるごとに新しいことに気付けそうな、そんな作品だと私は思いました。

 

 

付記

・本作の作画監督(兼キャラクターデザイン担当)の近藤勝也さんは、原作の方の挿絵を担当していたということがきっかけで誘われたそうなんですが、最初は「一番アニメーションに出来にくい作品だ」と反対されていたそうです。(同じく映像特典での発言より)

・音楽も素晴らしく、オシャレで主張の激しくない所など(作品の雰囲気も含め)同じくテレビアニメの『ハートカクテル』を彷彿とする部分が少しありました。

・容量の関係で省きましたが淡々としている中にも緩急が付いていて、とても重要なシーンは「寄り」の視点になってキャラクターの語気も強くなるので、より心に響きやすくなっていました。

・何より里伽子がそれだけで記事を書けそうな位いじらしく可愛いのでそれだけでも観ていただきたいです。あと元々主題歌に起用される予定だったという中島みゆきさんの「傷ついた翼」も作品と合っているので、作品を観た方は機会があれば聴いてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

作品情報

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『海がきこえる』

公開年:1993年

監督:望月智充

出演:飛田展男、坂本洋子、関俊彦ほか

 

 

 

▼この記事を書いた人▼