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日刊オレラ

極上のひまつぶせるマガジン!

『世界のキタノ』が久しぶりのコメディー映画に挑戦! 「龍三と七人の子分たち」(2015) 感想

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ぷらすです。

今回ご紹介するのは『世界のキタノ』こと北野武監督作『龍三と七人の子分たち』ですよー!

北野作品としては『アウトレイジビヨンド』(2012)以来三年ぶり、コメディー映画としては『監督バンザイ!』(2007)以来の作品です。

 

http://image.eiga.k-img.com/images/movie/81333/poster2.jpg?1422324292
画像出典元URL:http://eiga.com/

 

 

概要

日本中に衝撃を与えたデビュー作『その男、凶暴につき』(1989)以来、17本目の北野武作品。
龍三役の藤竜也を始め、近藤正臣、中尾彬、品川徹、樋浦 勉、伊藤 幸純、吉澤 健、小野寺 昭と、主要キャストの平均年齢は72才というベテラン揃い。
北野監督は、そんな大物俳優を贅沢に使い、自身3本目となるコメディー映画を作り上げた。

あらすじ

かつてヤクザの組長を務めた龍三(藤竜也)は、息子・龍平(勝村 政信)のもとで隠居生活を送るが、家族からも世間からも白い目で見られ肩身の狭い日々。
それは、昔馴染みの仲間たちも同じだった。
そんなある日、龍三は「オレオレ詐欺」に引っかかりそうになり、またそれらの詐欺や年寄りをターゲットにした悪事が蔓延っていることに嘆き、その元締めが暴走族上がりの『半グレ』組織「京浜連合」であることを知る。

まもなく、家族の留守中に勝手したことがバレて息子に追い出された龍三は、兄弟分マサ(近藤正臣)の住む団地に仲間を集め、ヤクザ組織「一龍会」を立ち上げる。

 

感想

僕が観た北野映画といえば、デビュー作『その男、凶暴につき』からの数本と『座頭市』、そして『アウトレイジ』2部作くらいなので、決して熱心なファンとは言えないのですが、本作を含め、やはり北野監督はエンターテイメントの人だなーと思ってしまいます。
『その男~』以来続く、いわば『静』の北野映画は観る人を選んでしまうし、海外での評価は高いものの、正直、僕は観てもどうもよく分からないというか、死の匂いが強すぎてノリ切れないんですよね。

とは言え、国内外で北野監督の評価が高いのは納得出来るし、その強い作家性は今や日本を代表する監督の一人といっても間違いないと思います。

『コメディー』ではなく『コント』

そんな北野監督の鬼門とも言えるジャンルが『コメディー』
監督自身お笑い畑の人ということもあるかもですが、他の作品に比べるとどうもコメディーはイマイチという印象になっちゃうんですよね。

それは北野監督だけでなく、日本のコメディーの多くが抱える問題で、そもそも論として、日本のボケとツッコミという笑いの構造自体が、映画と相性が良くないという気もしたり。

なので正直、不安と期待半々で本作を観たんですけども……。

率直に言えば、コメディーではなくコントだなーと。

ただ、それは北野監督が意図的に、そう作ったんじゃないかと思うんですけどね。
つまり、ベテラン俳優を揃え『コント映画』として振り切って作られたのが、本作『龍三と七人の子分たち』なんだろうと。

『時代』に抗う物語

本作は、一時代を築きながら引退した老人が、時代の流れに抗う物語です。
このコンセプトは昨今世界の映画界の流行だったりします。

シルベスタスタローンの『ロッキー・ザ・ファイナル』
ブルース・ウイリス主演で、引退したCIAエージェントが活躍する『RED』シリーズ
アル・パチーノ主演の『ミッドナイト・ガイズ』は、で時代遅れのギャングの物語という設定も本作にかなり近いです。
日本だと、映画ではないですが有川浩さんの原作小説でドラマもヒットした『三匹のおっさん』もそうですね。

どれもロートルとして身の置き場のない老人たちが、昔取った杵柄で自身の価値を示して居場所と誇りを取り戻すという物語。

本作も基本的には、その系譜にある作品です。

主人公龍三とその仲間たちは、昔気質のヤクザですが暴対法によって昔ながらの方法論は通じなくなり、街で顔を効かせている京浜連合」の連中は、暴走族上がりのヤクザですらない『半グレ』の連中で、オレオレ詐欺や詐欺商法で老人たちを食い物にしています。

引退した龍三たちは、グループホームに入居してたり家族に(迷惑がられながら)世話になっていて、今や仲間で集まっては思い出話に花を咲かせるばかりで身の置き場がありません。

そんな彼らが、ふと思いついて昔馴染みを呼び寄せたことから思い出話が盛り上がって、ノリでヤクザの組を作ることになります。

最初は年寄りの道楽と、誰も気にもとめない彼ら「一龍会」ですが、その行動がどんどん京浜連合」の「シノギ」の邪魔になり、やがて龍三率いる「一龍会」と「京浜連合」の抗争に発展していくという物語。

なんて書くと、京浜連合」=悪、「一龍会」=善みたいに思われるかもですが、街の住人にしてみればどちらも迷惑な存在なわけで、ただの新旧迷惑対決でしかないんですけどねw

『笑い』の中の狂気

本作には大きく分けると三世代のキャラが登場します。
龍三率いる老人たち世代、西(安田顕)率いる半グレの若者たち世代、そして龍三が現役だった頃を知る゛ビートたけし゛演じる刑事、村上の世代。

龍三たちは現代の価値観からはじき出され、西たちは現代の価値観の中でのし上がり、村上はその中間の世代、つまり古い価値観を持ちながら、現代の価値観の中で生きなければいけない息苦しさを感じている初老のキャラクターです。

心情的には龍三の側に立ちながら、現代の価値観で作られたルールに手足を縛られている村上は、そのまま映画監督『北野武』お笑い芸人『ビートたけし』を投影したキャラクターなんだろうなーなんて思いながら見ていました。

また、善良な市民を守るために作られたハズのルールや価値観が逆に彼らを縛り付け、「京浜連合」のようなワルの抜け道になってるあたりは、まさに『たけしさん』一流の皮肉でもあるんだと思います。

と、ここまで前フリをして材料が揃えば、前半散々ズッコケぶりを発揮した龍三たちのヒロイックなアクションでスカっとさせてくれるんだろうと、観客の誰もが期待するわけですが、北野監督は「そうは問屋が卸さないよ」と一気にコントで畳み掛けていくんですね。

その内容は不謹慎でバカバカしくて、でも失うものがない龍三たちの、振り切った狂気に満ちていています。

古典落語の演目に『らくだ』という最高に不謹慎な噺があるんですが、後半のあるシーンは完全に『らくだ』のオマージュだなーと思わずニヤニヤしてしまいました。
そう考えると、龍三たちの価値観や死生観って古典落語の世界なのかなーと。

そんな龍三たちに、ヤスケン演じる西は「コイツら狂ってる」と恐れおののくわけです。

うん、そりゃそうだw

だって、命懸けの抗争をしてるハズなのに、やってることはコントで落語ですからねw
現代の価値観に生きる彼らにはワケが分からないと思います。

北野武監督はずっと浅草時代に学んだコントの方程式で映画を作ってきていて、だからこそ笑いが中心にくるコメディー映画は『北野武』にとって鬼門だったわけですが、本作ではお笑い芸人『ビートたけし』が培ってきたものをそのまま映画で表現したことで、北野+たけし監督作品が出来上がったと思います。

興味のある方は是非!!

 

 ▼落語『らくだ』についてはこちらをどうぞ▼

note.mu

▼この記事を書いた半グレ▼

aozprapurasu.hatenablog.com