イラストbyまがたさん
ギターをかき鳴らしている時だけ、僕は自由になれる。僕は僕という存在から開放されるのだ。
放課後の高校。軽音部の部室で僕は一人ギターを弾いていた。弾いている曲は部活の仲間が文化祭用に作曲したオリジナルの曲だ。それに僕は自分で書いた歌詞をつけて歌う。
こうやってギターを弾いている時が僕は好きだった。安物のギターと下手くそな歌声。それでも構わない。僕はギターを通じて自分自身を開放していた。
一曲引き終わり汗を拭う。すると拍手の音が聞こえてきた。
(あれ、今他に誰もいないはずだぞ?)
改めて目の前をみると、そこには純白のドレスで着飾った少女の姿があった。背中に白い翼を生やした少女の姿が。
目の前にいるのは翼の生えた少女だけではなく、他にも小さな妖精が辺りに沢山いた。思わず目を疑う。
少女は嬉しそうに拍手をしてくれていた。状況はよくわからないが、とりあえずその拍手に対して頭を下げる。すると突然、少女の顔が青ざめた。
「もしかして私、見えています?」
鈴の音みたいに可憐な声。それに僕は頷いて答える。すると少女は勢い良く立ち上がった。
「きゃあ!」
そう悲鳴を上げると少女が妖精と共に走り出す。
「ちょっと!」
ギターを持ったまま思わず少女を追いかける。
少女が何やら空間をなぞると目の前に穴が出現した。その穴に僕も慌てて飛び込む。
「えっ?」
するとそこは遥か上空。僕は空から落下していった。
目覚めると、体中に痛みが走った。どうやらあの奇妙な穴から落ちた時、地面に体を打ち付けたらしい。だがケガはないようで一安心だ。
「ギターは?」
一緒に抱えていたギターを慌てて確認する。見たところ壊れたところはないようだ。安物の初心者用ギターとは言え、僕にとっては大切な愛機だ。無事を確認しホッとする。
「それにしても」
ここはどこなんだ。そう思い辺りを見る。ずっと彼方まで続く草原。さっきまで学校の校舎に居たとはとても思えない。それに何より気になる事がある。
(太陽が二つある)
僕の見間違いでなければ、天に太陽が二つ浮かんでいた。一体何がどうなっているんだ。僕は思わず頭をかきむしった。
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とりあえず今の状況を整理する。僕は放課後部室で一人ギターを弾いていた。すると翼の生えた少女と妖精が現れ、僕の演奏に拍手をしてくれた。それが嬉しくて頭を下げると、突然少女達は逃げ出し、僕は追いかけた。そして気づけばこの不思議な場所に来ていたわけだ。わけがわからない。
とりあえず辺りを歩いてみる。すると見たこともないような植物がそこら中に咲いていた。
(一体何がどうなっているんだ)
一度落ち着くためその場に座る。僕はどうなってしまうのだろう。そう考えていると突然地面が揺れた。一瞬地震かと思うがそうじゃない。僕の座っていた地面が盛り上がる。そこから出てきたのは一匹のドラゴンだった。
地面から出てきた生き物。それはどう見てもドラゴンだった。茶色の鱗に鋭い牙、恐ろしい程赤く光る眼。吐き出す吐息は獣臭い。
今、僕の目の前にはドラゴンがいる。これはマズイのではないか。冷や汗が流れる。
ドラゴンが咆哮をあげた。同時に僕に向かって噛み付いてくる。
「ひいっ!」
なんとか飛びのきドラゴンの攻撃を避ける。そのまま僕はその場から一気に駆け出した。
(捕まったら死ぬ!)
全速力で野原を駆ける。すると今度はドラゴンが口から火球を吐いてきた。火球が僕の横を通り抜ける。あれに当たったらひとたまりもないだろう。
絶体絶命、まさにそんな状況に僕は置かれていた。
僕は走りながら必死に考えていた。
(なんでドラゴンに追われているんだ? 僕はただ一人でギターを弾いていただけなのに!)
しかしその問いかけに答える人はいない。
五分も走ると足がふらふらとしてきて、僕は走るのが辛くなってきた。普段から運動不足の自分を恨みたくなる。
そうこうしている内に僕は石につまずき、ギターをかばうように腕から転んだ。すぐにギターを確認。
(よかった、壊れていない)
だが同時に、ドラゴンに追われている時まで、ギターを気にかける自分の貧乏性ぶりに泣きたくなる。
ああ、このまま死ぬのか。そう思い両目を強く閉じる。
そう全てを諦めかけたその時、空から少女の声が響いた。
空から聞こえてきた声。それは少女の歌だった。清らかに澄み切った水のように神聖な歌声。その歌声を聞いていると自然と心が和んだ。
ふと目の前のドラゴンを見る。すると先程まで獰猛に暴れていたドラゴンが、ウソのように寝息を立てて眠りについていた。その顔はとても安らかで幸せそうだ。
これは一体どういう事だ。そう疑問に思っていると、風を切るような音がする。何かが空を飛んでいる音だ。空を見上げる。そこには先ほど逃げていった、翼を生やした少女の姿があった。
「君は一体何者なんだ」
思ったままの疑問を口にする。すると少女は地上へと下りてきて、こう答えた。
「私はカナリア。この音楽世界ムジークの女神です」
「先程は急に逃げてごめんなさい。まさか私達の姿が見えているとは思わなくて」
そう言って少女、カナリアが頭を下げてくる。
「いや、僕の方こそ追いかけてごめん。それにさっき僕を助けてくれたのは」
「はい。私の【聖歌】の力です」
なんとなくは予想していたが、先程ドラゴンが急に寝てしまったのは、カナリアの歌が原因らしい。
「助けてくれてありがとう。お礼ついでに聞きたいのだけど、僕って元の世界には」
「もちろん帰れますよ。私が責任を持ってお送りします」
それを聞いて安心する。しかしカナリアの言葉には続きがあった。
「ただ一つお願いがあるんです」
「あなたの歌で、この世界を救ってくれませんか?」
「僕の歌で、世界を救う?」
僕は思わずそう返した。するとカナリアは力強く頷いて答えた。
予想外の展開に僕は驚く。僕の歌は下手だ。ギターの腕も初心者レベルだし、素人もいいところ。そんな僕に世界が救えると言うのか。
「僕より歌の上手い人なんて他にいくらでも」
「それでもあなたの歌が必要なのです。どうかお力を貸してください!」
そう言ってカナリアが頭を下げてくる。それに僕は慌てた。
「そんな、頭を上げて!」
しかしカナリアは頭をあげない。もうこうなったらお手上げだ。
「……わかったよ! 僕に何ができるかわからないけれど、協力させてもらうよ」
僕の返事を聞くと、カナリアの表情は一気に明るくなった。
カナリアが喜んで僕に抱きついてくる。豊満なカナリアの胸が押し付けられ、僕はドギマギした。
「それではこれからよろしくお願いしますね、えっと」
「大月ケンスケ。それが僕の名前」
「それではケンスケ様、またお迎えにあがりますね」
すると僕の意識は途端に暗転した。
気づくと僕は放課後の部室で一人うたた寝していた。
「夢?」
思わず自分にそう問いかける。その時ふと机の上に目につく物があった。白い羽根。それはカナリアの翼の一部だった。
「夢、じゃない!」
カナリアの白い羽根を見つめる。何かとんでもない事が始まりそうな予感。そんな予感に僕は震えていた。
続く
CM
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