イラストbyまがたさん
それから一週間、ライブが始まるまで僕達は練習を続けた。しかしナゾの違和感は残ったまま。いくら練習しても違和感は消えなかった。
「クソ、なんなんだ、これは」
村ちゃんが悪態をつく。いつも余裕のある村ちゃんにしては珍しい事だ。
「何かが変なのでござるよ」
天馬君も釈然としない様子だ。二人の様子を見ていて僕は心配になってくる。
「ライブ、本当に大丈夫かな」
つい漏らした一言。それに二人の表情がこわばった。
「大丈夫、こういうのは本番になればなんとかなるものさ」
リーダーらしく村ちゃんはそう言って場を和ませようとする。しかし僕達の心の根底に張り付いた不安感は拭いようがなかった。
そしてライブ当日。部室で待っていると、時空に穴が空き、そこからカナリアとお供の神官二人が出てきた。
「お迎えにあがりました。……皆さんどうかしました? 気のせいか顔色が悪いですけど」
「大丈夫だ、おっぱいちゃん。気にすることはない」
本当は大丈夫なんて事はない。僕達はガチガチに緊張していた。
「それならよろしいのですが。それでは参りましょうか」
カナリアに導かれ異世界へと踏み入れる。
(これから僕達は世界を救うためのライブをしなくちゃならないんだ)
そう考えると手が震える。
カナリアが不思議そうにこちらを見つめてきたが、僕はそれに無理やり作った笑顔で応えた。
僕達は神殿に案内されると、まずライブ会場になるというホールを舞台袖から見学する事になった。
「見てください。ライブを開くと言ったら、観客がこんなに沢山集まってくださいました!」
舞台袖から覗くと、観客席は人間や諸々の異種族、多くの人々が、僕達のライブを待ち望んでいた。きっと未知の音楽が聴けると聞いて皆期待しているのだろう。
「これは、凄い事になっているね」
思わずそう感想を漏らす。確かにこれだけ観客が入る事は予想できた。しかし改めて現実を見ると圧倒されてしまう。
後ろを振り返る。すると村ちゃんや天馬君も僕と同じように呆然としていた。
ライブまで残りわずか。僕らの緊張は限界にまで達していた。
観客席の迫力に僕らはすっかりやられてしまっていた。あの中で僕らはライブをやるのだ。果たして観客達は僕らの演奏を受け入れてくれるのか。いや、そもそもまともに演奏できるかも怪しい。もしあの舞台でミスをしたら、僕は、
「大丈夫ですよ」
すると柔らかく優しい声が僕の耳に響いた。振り向くと、そこにはカナリアの姿がある。
「ケンスケ様達の演奏なら絶対に大丈夫です。今までの演奏を見てきた私が保証しますから」
そう言ってカナリアは笑みを浮かべた。
カナリアは現実世界に数多くいるロックバンドの中から、僕達を選んでくれたのだ。
(僕は、カナリアの期待に応えたい!)
そう僕は強く思った。
「カナリア様が選ばれたのです。下手な舞台は許されませんからね」
クックさんが村ちゃんに向かってそう告げる。その言葉には厳しさと、どこか優しさがあった。
「ワシの夫になるのであれば、立派なステージを成し遂げてくるのじゃぞ」
ロビンさんが天馬君にそう語りかける。それは天馬君を鼓舞する言葉だった。
「……ここまで来たら、やるしかないな」
「そうでござるな」
村ちゃんと天馬君、二人が落ち着きを取り戻す。
「それでは開演です! 舞台に出てください!」
クックさんの声が響く。僕達はお互いに見つめ合い、無言で『全力を出し尽くそう』と誓い合った。
舞台へと飛び出して行く。さぁ、世界を救うライブの始まりだ。
いよいよライブが始まる。僕達は舞台へと飛び出した。
「どうも、この度は俺達のライブに来てくれてありがとう!」
村ちゃんが用意してあったマイクでパフォーマンスをする。
「今日は世界を救うライブ、いってみようか。それじゃあ俺達のライブ、始めるぜ!」
観客から歓声があがった。同時に天馬君がドラムのスティックで合図をする。
(ワン、ツー、スリー、フォー!)
いよいよ演奏が始まる。僕はギターを鳴らし、歌声をあげた。だが、
(あれ?)
この間から続いていた違和感。それがギターを弾いていて現れた。嫌な予感。僕の背中に汗が流れていく。
村ちゃんや天馬君の様子を盗み見る。二人の表情もまた明らかにこわばっていた。
なんで、どうしてこの違和感が付きまとうんだ。僕は演奏していても音楽にノレずにいた。このままじゃマズイ。そう本能が告げる。
観客達もまた戸惑っていた。奏でられる不協和音に表情を曇らせている。
村ちゃんを見る。顔に汗を浮かばせ、歯を食いしばっている。この違和感に頭を悩ませている様子だ。
天馬君は必死だった。とにかく自身のリズムを刻む事で、他にまで手が回らない。
僕達三人は全員頭が真っ白になっていた。自分の事で精一杯で、音楽を苛む違和感を取り除く事ができない。
段々と観客達の空気が悪くなっていく。中には会場から出て行く観客も出てきた。
少しずつ、確実に僕達のライブは壊滅しつつあった。
すると村ちゃんの演奏が急に変わった。ベースが走りだしたのだ。明らかに村ちゃんが焦っている。それが伝わってきた。
だがベースが走りだしては、今度は僕達がついていけなくなる。必死にリズムを合わせるべく演奏する。だが村ちゃんのベース演奏はどんどんと早くなっていった。
まずい事はわかっている。でも焦りと違和感により村ちゃんの暴走を止められない。
ついに観客達がブーイングを始めた。この焦っている時に追い打ちをかけるようなブーイング。『やめてくれ!』と心の中で叫ぶが、当然観客はやめようとしない。
「があああ!」
村ちゃんが叫び声をあげる。そしてそのままベースの演奏が止まった。
もはや村ちゃんのベースがない以上、この演奏は僕のギターとボーカル、それに天馬君のドラムでどうにかするしかない。
絶望的状況ではあるが、まだ可能性はある。そう信じて僕は演奏を続けた。しかし強まっていく違和感と焦り。僕達は冷や汗を流しながら演奏を続けていた。
「あっ」
そんな声が漏れたのは天馬君の方からだった。宙を舞うドラムのスティック。緊張のあまり手汗をかいて、天馬君のスティックがすっぽ抜けてしまったのだ。
スティックが地面に落ち、転がっていく。スティック一本ではドラムの演奏もできない。自然とドラムの音が消える。
残されたのは僕だけ。もはや僕は限界だった。
残されたのはいよいよ僕だけになった。他のメンバーが倒れていく中、一人ギターをかき鳴らし歌い続ける。
しかし観客はそんな僕を見て、まるでせせら笑っているようだった。急に演奏をするのが怖くなる。
僕は世界を救うために演奏しているんだ。でも、本当に僕なんかで世界を救えるの?
そう疑問に思った瞬間、ギターの弦が甲高い音を立てて切れた。まるで僕が自信を喪失した事を示唆しているかのようなタイミングで。
(もう、ダメだ……)
僕の意識が一気に暗転していく。
「ケンスケ様、ケンスケ様!」
薄れゆく意識の中、泣きそうな顔をしたカナリアの声が響いた。
ごめん、やっぱり僕達じゃダメだったよ。
僕は完全に意識を失った。
続く
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