今回はすこししっとりとしたおはなし。
これは小説のようで、小説ではないかもしれない。
これは現実と想像が入り混じったものかもしれない。
とてもとても曖昧だけど、ふと、何かを思う人がいるかもしれない。
曖昧な言葉のなかに潜めた現実を、見つけ出してくれたらいい。
ただ、大切な人に幸せになってほしいから、綴ります。
この話の中の「わたし」が「わたし」になるまで、お付き合いいただければ幸いです。
イラスト:Tamasaki Riko
わたしは、だれだ。
わたしという生き物が存在しているということは、血肉を分け与えてくれた両親が存在する。
わたしというにんげんをこの世に生み出してくれたこと、育ててくれたことに感謝の気持ちをわすれたことはない。
だけど、わたしはわたしが一体何者なのか、わからない。
わたしは両親のコピーなのかな。
わたしは両親が夢見た、「理想の人生」のレールの上を歩くしかないのかな。
両親がこどもであるわたしの幸せを願うのは、当然だろう。
親子関係でなくても、大切なひとには幸せになってほしいと思うものでしょう。
でも、でも、誰かの幸せを願って思い描いていることが、相手にとっての幸せ像と一致しているとは限らない。
「あなたのためなの」
「あなたのことが心配なの」
「あなたがかわいそうだから」
親切心満載の言葉は、ときに呪いの言葉になる。
同世代のともだちと、年相応の遊びを経験したかった。悪いことなんてなにもしないし、出先で起こりうるトラブルや対処法をしらないわけじゃないよ。
たまにでいいから、学校から帰ったあとにともだちと集まって、思春期ならではのトークに花を咲かせてみたかっただけ。
学校の修学旅行も、両親が行き先にいい顔をせず、行かせてもらえなかった。理由は何度聞いても、明確な答えが返ってこない。なにか両親にとって嫌な思い出があるのかな。それくらいの予想しかできないんだ。
当然、大学のゼミメンバーで計画していた卒業旅行も断念したよ。
ほんとうは違った進路を選びたいのに、両親からこの言葉を投げかけられると、わたしのなかのかすかな勇気が打ち砕かれていくの。
「あなたのことが心配なの」と聞かされるたびに胸が苦しくなる。両親が悲しそうな顔をするんだもん。
こんな思いをするくらいならと、なんでもいうことをきく「いい子」でいることを選んだ。
社会人になってからも、わたしは「いい子」。
同期とはっちゃけて「カラオケオール」することなんてないし、休みの日も、何時に誰とどこに行くかを両親に告げていた。
異性とこっそりおつきあいだなんてもってのほか。気になる人ができたら、どんな人で、どんな仕事をしていて、どこに住んでいるのかを事細かに報告する「義務」があると思っていたんだ。
電話の相手も、筒抜けだった。
いちいち、誰となにを話していたのかと問われるのが面倒だから、わたしから報告していた。
そうすれば、あの呪いの言葉を聞かなくて済むから。
飛行機雲が映える青空のもとで揺れる、家族の洗濯物。
とても20代前半の娘がいるとは思わないだろうな。
白、黒、グレー、濃いめのベージュ。
わたしの着るものに、花のように鮮やかな色はない。
だって、「派手な格好してみっともないわ。変質者に目をつけられたらどうするの。ろくな娘じゃないってご近所さんに思われたらどうするの。あなたのためよ」って言われるのが、目に見えているから。
換気のために開けた窓から、かすかに柔軟剤の香りが入りこんでくる。
買うことも着ることもないコーディネートが載ったファッション誌は、ベッドのうえで風に遊ばれている。
ペラペラと紙がめくられるたびに、わたしに欠けている色が目に入る。
このままわたしは、両親の好みの色に染められ続け、両親が望む道を歩み続けるんだろう。
そうすれば、今までと変わらない毎日を過ごせる。
わたしは、だれなんだろうね。
まばたきをし忘れた目から、ひとつだけ涙がこぼれた。